「描ける気がしないんです」
「もう、ぜんぜん自信がなくて…」
僕の研修や講座、ワークショップ(WS)は、
だいたいこういった
参加者さんの声からスタートします。

腕を組んで、ちょっと困り顔、不安顔だったり
僕から振ってみると、それはそれは
大きくうなづいて反応してくれたり・・・
でもね、僕は
そんなみなさんの反応をみると
心がゾクゾクしているんです
そういった目の前の人たちが
数分後には
「おお、描けてる」
って、ぽろっとつぶやくのを
知ってるから(笑)

価値や想いを
言葉だけで伝えきれない
もどかしさに悩んでいる人を救う。
「話す」「書く」だけじゃなく
「えがく」を加えた
伝える技術の新常識をつくる。
イラストプレゼン講師
かわしりみつはるです。
「絵が苦手」っていう人の多くは、
「自分には才能もセンスもないしなぁ」
って思い込んでいます。
これがね、けっこう根深いんです。
ちょっと描いてすぐ上手く描けないと、
「あー、向いてないんだ」
って決めつけて、
上手な人を見ては、
「あれは生まれつきのものでしょ」
って後ろに下がり、
「どうせ描いてもムダだし」って、
そっとペンを置いちゃう。
才能うんぬんの前に、
手を止めてる傾向があります。
だから僕の講座やWSでは
才能もセンスも話しません。
感性的な言葉も
最初は一切使いません。
「はい、まず丸描いて
次に線を引いて、、、
ここに三角を配置して・・・」
というように
“こう描いて!こう描いて!こう描くの!”
というノリで「説明」していきます。
まぁまぁ機械的に、無機質に(笑)。
でも、ここがおもしろいところ。
言われるまま手を動かしていると、
ただの丸と線が、
いつのまにか笑った顔になってる。
そしてこう思うのです。
「えっ!?描けた!!
しかも、かわいいし
なんかいい感じ
」

才能なくても、
心が動く絵は描けるのです。
思ったより描けてる
自分にびっくりして、
うれしくなって、
「もっと描けるかも」って
その先の学びへの期待に包まれます。
おもしろいのは、ここからなんです。
ひとりの「描けた」は、
やがて周りとの共有につながっていきます。

「ちょっと隣の人に見せてみましょっか」
って声をかけると、
最初は照れながらも
自分の描いたイラストを披露しながら
語り合いはじめます。
すると「かわいい!」
「え、そっちも描けてる!」
なんて、あちこちで笑いがこぼれて、
気づけばその場は、描く人だらけです(笑)。

心理学に「発達の最近接領域」
っていう言葉があるのですが
「ひとりじゃ届かないけど、
だれかの手を借りれば届く」
そんな“もう一歩先”を
「丸、線、三角」って
一段ずつ手渡していく説明だったり、
自分が描いたものを媒体にして
笑い声や「描けてるよ」の声が生まれる
こういった「支え」があるからこそ、
ひとりで抱え込むより、
みんなで学び合える場のほうが、
「描けた」はぐんと遠くまで広がっていきます。

さっきまで
「どうせムダ」って止まっていた手が、
その場に背中を押されて、また動き出す。
しかも不思議なもので、
小さな「できた」が積もるほど、
自分をちょっと認められるようになって、
学ぶことが、
こわくなくなってくるんです。
気づいたら受講生さん、
学びの場そのものを、
自分の手でつくりはじめているんですよ。

だから僕は、絵の上手い下手を、
才能とかセンスとか、
そのひとことで片づけたくないんです。
正体は、ひとつひとつの小さな技術。
「丸、線、三角」みたいな手順を、
みんなで学び合いながら
、コツコツ積み重ねていく。
そうしているうちにね、
あきらめていた“センス”が、
いつのまにか、あなたの手に宿っていく。
しかも、描けるほど楽しくなって、
もっと描きたくなるから、
ますますおもしろい。
棒人間ってきっと、
「あなたにも描けるようになる」を、
本気で期待していい“術”なんだと思います。
期待と可能性の扉がひらく場に立ち会えること。
これが、僕のワークショップの醍醐味ですね。

| アートディレクター&イラスト思考®講師 河尻 光晴 (かわしりみつはる) |
|
| 住所 | 愛知県名古屋市 |
|---|---|
| 定休日 | 土・日・祝日 |