棒人間って、
○と線だけのシンプルな図形なのに、
なぜか「伝わる」。

悲しそうだったり楽しそうだったり、
雰囲気すら出てしまう。
新規の受講者さんの中には
それに驚き、不思議に感じる人も。
ただの丸と線なのに、
手足のちょっとした角度で感情が動いたり、
人間関係まで読み取れたりする。
そんな表現の不思議について、
大正から昭和にかけて活躍した
物理学者で作家の寺田寅彦が、
その答えの一端を示してくれているような
随筆を書かれてました!!

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
価値や想いを
言葉だけで伝えきれない
もどかしさに悩んでいる人を救う。
「話す」「書く」だけじゃなく
「えがく」を加えた
伝える技術の新常識をつくる。
イラストプレゼン講師
かわしりみつはるです。
新聞で寺田寅彦を取り上げたコラムが気になり
いろいろ彼の随筆を漁っていたら出逢いました。
随筆のタイトルは「漫画と科学」。
この画像だと時代感覚がバグりますが(笑)
大正10年に書かれたものです!
彼は、漫画(いまで言うイラストや風刺画)という
表現の特徴について、こんなふうに書いています。
その対象の見方および取扱いの上に如何なる特徴があるかと考えてみると、 その対象の形態的ないし心理的の現象の中である特別な部分を抽象して その部分を誇大しあるいは挙揚して表示するというのが一つの顕著な点である。
これって、まさに
棒人間の本質じゃない?
と思ってしまいました。
棒人間って、ものすごくシンプルな構成なのに、
「怒ってる」「迷ってる」「やる気ない」なんて
感情が伝わるのは、余
計な情報をそぎ落とした上で、
特定の動きや角度だけを
“誇張”してるからなんですよね。
これはまさに「抽象」そのもの。
余計な写実性を削ぎ落として、
伝えたい心理や状況を、
最低限の線だけで再現する。
寺田寅彦は、
そんな表現の力についてこうも述べています。
つまり、線や点という「非言語のツール」が
人間の感情や複雑なニュアンスを伝えるために、
とても有効だということ。
そして、その「利器(ツール)」の代表格が、
棒人間のような記号的な存在なのかもしれません。
一般的には、
「リアルであること=伝わる」
と思いがちだけど、
時にはリアルさを削ぎ落とすことで、
本当の“らしさ”が浮かび上がることもあるんですね。
いやー驚くべきことに、これらの寺田先生の考察は
大正10年(1921年)、100年前に書かれているんです!!
一文一文鳥肌立ちましたw
今でこそ「ミニマル表現」や「抽象の力」が語られることは多いけれど、
それを100年以上前に言語化していたなんて、
先見の明を読みながらしみじみ感じました。

棒人間を描くことは、単なるラクガキではなく、
「伝えることとは何か?」を追求する、
小さな哲学のようなものなのかもしれません。
寺田寅彦は名前だけ知ってるくらいでしたが、
このあと他の文章も読み漁ってしまってますw
理系の知性と文系の感性が絶妙に交差する、
不思議と腑に落ちる余韻を残してくれるところに
ハマりそうです!!

| アートディレクター&イラスト思考®講師 河尻 光晴 (かわしりみつはる) |
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| 住所 | 愛知県名古屋市 |
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