前月、前衛芸術家の草間彌生さんが亡くなられ。
世界中が、その訃報に注目が集まりました。

その訃報が一面で報じられていた
同じ日の中日新聞の朝刊には、
実はもうひとつ、
僕を驚かせた訃報がありました。
大きく報じられた草間さんとは対照的に、
社会面の隅にひっそりと、掲載されていたのは
グラフィックデザイナーの
太田幸夫さん
「・・・・誰?」
って思われた方も多いと思います。
でも、きっと毎日どこかで、
“作品”は目にしているんじゃないでしょうか。

非常口マークのデザインに携わった方です。
価値や想いを
言葉だけで伝えきれない
もどかしさに悩んでいる人を救う。
「話す」「書く」だけじゃなく
「えがく」を加えた
伝える技術の新常識をつくる。
イラストプレゼン講師
かわしりみつはるです。
太田幸夫(おおた・ゆきお)さん。
愛知県刈谷市の生まれで、多摩美術大学の元教授。
ピクトグラム——絵で意味を伝える「絵文字」を、
日本から世界へ広げてきたデザイナーです。
あの非常口のサインを国際標準にまで育て、
生涯をかけて「絵ことば」という
視覚の言語を追いかけた方でした。
太田さんが遺したのは、
サインそのものだけじゃなく、
絵で、言葉を超えてメッセージを伝える——
その文化を、世界の基準にまで
押し上げてくれた方です。
そもそも
ピクトグラムが日本で広がったきっかけは、
1964年の東京オリンピックでした。
言葉の違う世界じゅうの人に、
絵ひとつで「こっちだよ」を伝える。
あの発想が、
ここから世界へ広がっていったんですね。
2021年の東京オリンピックでは
開会式のパフォーマンスで
再び「ピクトグラム」が脚光を浴びましたね。
なつかし~w
オリンピックは四年に一度ですが、
「非常口」などのピクトグラムは、
毎日の暮らしにすうっと溶け込んで、
世界のどこへ行っても通じるメッセージになっている。
これって、改めて考えるとすごいことだし、
素晴らしい日本人の知恵だと思うんです!
アニメやエンタメの分野で
日本が世界に届けているものも大好きだけど、
こういう地に足のついたところにも、
堂々と誇れるものがある。
絵やイラスト、ビジュアルで伝えるという土台を、
言葉や考え方ごと築いて
世界をリードしてくれた先輩方の叡智が、
こんなに身近にもある。
絵で伝える仕事をしている僕は、
その幸せさを感じずにはいられません。

ただこの構図を棒人間で描くのは
意外と難しい・・・
いつかは
もっと“らしく見える”ように
が、頑張って研究します!!
ということで、棒人間には
ピクトグラムみたいな用途を
期待される方は多いです。
自分でピクトグラムが
描けるようになりたい!
ということでいろんな
棒人間の動きを学ばれる方も多いです。

このブログも「ピクトグラム」という
キーワードで検索されているケースもあり
僕自身、看板や電光サインで
ピクトグラムが使われているものを見るたびに、
ちょっと身内に会ったような気持ちになります(笑)
絵で伝えるっていう
僕が目指すこの道の先には、
たいへんおこがましいのですが、
太田さんたちのような
巨匠の背中がある気がしていて、
その続きを描いていけたらいいなぁ
と想っています。
棒人間たちが世界基準の“絵ことば”として
ビジュアルコミュニケーションツールとして
街や学校や職場や家庭、
あちこちの日常に溶け込んでいる。
そんなことをじわり考えていた、
グラフィックデザイナー@太田幸夫さんの訃報でした。
この記事を読んだ方が
もし今日、どこかで非常口の人に出会ったら、
何を感じられるのか、ちょっと楽しみです
| アートディレクター&イラスト思考®講師 河尻 光晴 (かわしりみつはる) |
|
| 住所 | 愛知県名古屋市 |
|---|---|
| 定休日 | 土・日・祝日 |
新聞の購読を止めて2ヶ月。世の中の大事な話しも知らないままになっていて、恥ずかしい事です。刈谷市美術館で太田先生のお仕事展の開催以来、尊敬してやまないデザイナーの一人であり、中2で扱うピクトグラムの時間では、必ず紹介してきました。
使用に制限を持たせなかった事で、東京オリンピックから世界を、駆け抜けていくピクトさんです。
憧れのクリエイター太田先生。
今更ながら、こういう仕事がしたいです。